幻の少女

記事
小説
幻の少女
                     北川 聖      
 この世ならぬ荒れた学校だった。
 傷害行為は当たり前のように野放しにされていた。骨折のような重傷を負っても事件として問題になることはなかった。誰もが見て見ぬ振りをして通り過ぎた。彼らの粗暴な行動は学校近くで揉め事になる事はあってもいつしかうやむやにされた。授業中に後ろの席でビールを飲んだりタバコを吸っていたりした。
 先生と生徒の間には隔絶とした距離がありお互いに無関心だった。関わり合いになることを避けていた。女子生徒は当然の如く化粧を直していた。
 山崎という一番の悪が短く折ったチョークの山を数学の山田という30代の教師に投げつけていた。教師は真っ白になりながら時々「痛い!」と短く叫んで淡々と授業を進めていた。
山崎が大声で教師の山田に言った。
「先生、微分積分は何の役に立つんですか?」
 山田はまたかという顔をして、立ちすくんだ。毎回の授業にその質問が来るのだ。前は丁寧に答えていたが、何も聞いていず、ただからかうだけの行為だと気づいてからは無視していた。するとチョークが大量に飛んできた。山田はたまらず振り返って
「君たちには関係ないものかも知れないな、静かに寝ててくれ」
と言った。
 山崎たちが騒ぎ始めた。子分の石橋が木刀で床を叩き始めた。「先生よ、答えてくれないなら窓ガラス割るよ」生徒たちも騒ぎ始めた。「割っちまえ」「やれやれ!」
 山田がたまらず言い返した、「この出来損ないたちめ、やれるものならやってみろ」
 山崎が机から飛び上がった。窓を片っ端から割りはじめた。
 山田が「やめろ、お前たち、停学になるぞ」と叫んだ。
「先生が割れっていったんじゃないか」
「先生が質問に答えないからだろ」
 山田は罵声を浴びながら教室を出ていった。
 職員室で教頭にことの次第を話した。
「それはいかんね、でも君も悪いね、質問に答えなきゃ。何度でも答えるんだな」と教頭は言ってお茶を啜った。
 山田は顔を真っ赤にしてその場を立ち去り自分の席についた。隣の牧田という女性教師が「先生、彼らに従うんですよ、形だけでも。逆らっちゃだめですよ」
 山田は服についたチョークを落としながらむすっとした顔で頭を抱えた。
「学級崩壊でしょ、教育委員会に報告しないでいいんですか」
「崩壊してないわ。他はもっと酷いらしいわ。うちは統率が取れているのよ。山崎っていう子に誰も抵抗しないわ。番長なのね。彼の父親は国会議員で何か事件が起きると、そのうちうやむやになるのよ、放っておけばいいんですよ」
 山田は悔しそうに顔を歪めた。「分かりましたよ、そうします」
「先生、覚醒剤いらない?」山崎が国語の教師の前田に言った。
「何だって! ふざけるのもいい加減にしろ」
 すると山崎はハンカチに包んだ白い粉の入ったビニール袋を破いて、何かしら茶色い液体で飲み干した。
「君、なんて事をするんだ、警察に通報しなければならないぞ」
 すると山崎はハンカチを振って言った。「先生、カフェインを砕いた粉ですよ。これが効くんだな」
「カフェインも量によっては毒になるんだぞ。興奮剤だからな」
「ははは、興奮しなけりゃやっていけないですよ、この現実見てよ、夢も希望もない」
 前田は『君の父親は』と言いそうになって止めた。
「何、俺の親父って言おうとしなかった? 俺のいいなりだよ、親父は。腫れ物に触るように俺を見ているよ。それが腹立つんだな。天下の国会議員様がよ」
 山崎はカフェインの入ったビニール袋と液体の入った瓶を周りに配り始めた。
「やめろ、取り上げるぞ」と言って近寄った前田は足を蹴られひっくり返った。彼の頭にブランデーがかけられた。「カフェインとブランデーの相性がいいんだよね、これが」
この続きは購入すると読めるようになります。
残り:41,361文字
幻の少女 記事
小説
500円
サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す