【エッセイ】英語で日本を紹介する:外国人に分かりやすい説明とは?

記事
コラム
[キーワード] インバウンド、観光ガイド、外国語としての英語(EFL)

入国規制が行き着くところまで撤廃され、しかも空前絶後の円安が今なお続いています。それを理由に訪日外国人旅行客の増加が著しく、日本のインバウンド景気が復活しています。そんな状況で「観光案内のために英語を磨きたい」という希望が再び世間から聞かれることが多いと感じています。これは日本で外国語を使用するメインの状況と言えるでしょう。ただ、これは意外と難しさを伴うのではないでしょうか?このブログでは、そんな英語で日本を紹介することをテーマに、翻訳の世界をお見せしたく思います。

1. 自由軒=the house of freedom ?

「自由軒」という店は、大阪ミナミの難波にある洋食屋で、主に生卵が乗せられたカレーを提供しています。カレーのレビューブログではないので、そのカレーが美味しいかどうかは今回の議論のテーマではありません。「自由軒」という名前を正しく翻訳することは可能かどうか、というテーマで話します。

20230124_104724のコピー.jpg
【写真①】大阪難波にある洋食店「自由軒」

この「自由軒」ですが、英語に直訳すると “The house of freedom” となります。ところが、多くの英語ネイティブは同じことを思うと推測しますが、この「自由軒(The house of freedom)」が洋食店とは誰も思わないのではないでしょうか?むしろ、教育施設か政治団体の事務所だと思う人がほとんどでしょう。私も、自分自身で翻訳してみると、やはり自由主義を謳う政治団体が関連しているという印象しかありませんでした。

これはなぜでしょうか?

「コトバには意味がある」という考えは、誰も疑わないでしょう。それでは、その「意味」とは何でしょうか?私たちは、コトバにまるでギフトボックスにギフトが詰まっているように、コトバの意味は、そういうギフトのような内容物だと考えがちです。もちろん「リンゴ」のように、目に見えるものなら、そう考えても可笑しくはなさそうにも捉えられます。しかし今回の「自由」のように、抽象的なものも同じように理解して良いのでしょうか。目に見えない「自由」は、地球上どこに行っても「自由」だし、その「自由」というものが英語で “freedom” と形が変化しただけでしょうか。

この問いに答えるためには「記号学」や「分析哲学」を応用しなければなりませんが、その学問領域に突っ込むと抜け出せなくなるので、この記事では割愛します。

結論を先に言うと、コトバの「意味」は厳密には定まりませんし、それは「コンテクスト」に関わって依存していると考えるのが正しいと言えそうです。

「コンテクスト」は文脈だけでなくて、そのコトバの背景にある属性や種族、または使ってきた歴史や文化をも包み込む広い意味で使っています。これはヴィトゲンシュタインなど哲学者が「使用の場」と表現したものです。この「使用の場」は、言語によって同一とは言えないです。人間は同じ人間ですが、生き様は人によって違います。

したがって、かつて私はインバウンドで来た訪日外国人向けに旅行ガイドをプロの見よう見まねで担当していましたが、私が重視していたのは「文法の正確さ」ではなく文化的背景を明確にした「コトバのイメージ」や「分かりやすい説明」でした。今回は、上の自由軒のような事例を挙げて、英語でガイドするときに使う英語の使い方のヒントをお伝えします。

ちなみに、日本人には、その英語は「外国語としての英語(EFL: English as a Foreign Language)」となりますが、これは「第二言語としての英語(ESL: English as a Second Language)」とは別個に扱われます。

繰り返しになりますが、今回は日本人(またはEFL学習者)が、旅行ガイドをインバウンドで訪日外国人にする場合に気をつけるべきことを「教授する」のではなく「考えてもらう」記事にしたいと思います。私は旅行ガイドのプロと言うほどのガイド経験はないですが、外国人と接する機会の多いインバウンド関係者としての考えをシェアしたいです。

2. 居酒屋のハードルは意外に高い

唐突ですが、私が長く知るアメリカ人の友達は、在留5年目の今でも「ホタルイカの沖漬け」が食べられません。彼が言うには、ホタルイカは「磯臭いから無理だ」というのです。もちろん、彼は刺身などの他の魚料理は抵抗なく食べるのですが、どうも海の香りが強い「沖漬け」は口に合わないようです。

ちなみに、ホタルイカは英語で “firefly squid” と言います。もちろん「ホタルイカの沖漬け」については色々なフォームに訳せます("Okizuke"でも良いかもしれません)。ただし、一番簡単そうな言い方は “raw salty firefly squid” となります。しかし、居酒屋のメニューにそう書いたら、英語のネイティブはみんな気持ち悪がるのではないかと思います。

そもそも、イカは一部を除き、欧米圏では人気が高いとは言いにくいです。イカは眼球が気持ち悪いですし、それに輪をかけて生食用のイカは、その食感がダメな人が多いでしょうし、それに加えて磯臭いとなると、アメリカ人の彼のように食べるのを拒む人もいるでしょう。

このように、英語で日本食を説明するときは、必ず食文化の違いを認識しておかなければなりません。日本は世界に類を見ないほど美食で溢れています。ところが、食べる人間の味覚とか嗜好が、文化によって異なることがあります。アメリカ人の友人も、日本は好きですが「沖漬け」を楽しむための味覚にジャパナイズし切れてはいなかったのです。

ちなみに、私なりに考える「沖漬け」の説明は、こんな感じです。

(1) “Okizuke” is salty raw seafood dipped (marinated) in soy sauce. It may have the smell of the ocean.

3. メロンパンの苦悩

日本ではとても有名でも、英語圏では全く認知されていない食べ物はホタルイカの沖漬けに限りません。海外の人に有名でないものの、日本人には一般的な食べ物に「メロンパン」があります。私は最近メロンパンの美味しさに目覚めて、毎日朝ごはんはメロンパンです。ところが、それを英語圏のネイティブに話すとけっこうな質問攻めに逢います。それもそのはずで、メロンパンも得体の知れないパンなのです。

ところで、私は奈良で、美味しそうなメロンパンを売っている店を見つけました。外はサクッと、中はフワッとした焼きたてのメロンパンが味わえるとのことですが、写真にある通り、だいぶ翻訳に苦心したような印象を受けました。

1674689470651-yEDYkHUX7yのコピー.jpg
【写真②】奈良のメロンパン屋さんにあった看板

【直訳】
外側の上ではサクサクで中身の上ではフワフワ。どうか温かいうちに食べて下さい。
("Crispy on the outside fluffy on the inside. Please eat while it's warm")

この写真の英訳でも一応理解は可能です。ただ、このお店のメロンパン、とても美味しかったので「もっと推してもいいんじゃないかな?」と思いました。

そういうわけで、私の頭にはこんな提案が浮かびました:

(2) Crispy surface with fluffy content. Give it a try while it’s warm!!

ここから解説したいのですが、文法ではなくてコミュニケーションや文化レベルを意識したカルチャー系の話になります。お察しの通り、英語圏における言語のコミュニケーションでは、 "please" で始まる命令や依頼は丁寧な印象を与えます。そのため、第2文で売っているメロンパンのオシをアピールするところが弱い感じがするのです。命令文は、英語圏ではダイレクトな印象は一般的にはありません(もちろん語気やイントネーションで変わりますが)。ゆえに、頻繁にインフォーマルな場ではフランクな依頼の形として受け入れられています。日本人としては、どうしても丁寧に表現して行きたいところですが、上の美味しいメロンパン屋さんのキャッチフレーズの場合には、"please" を使うほど丁寧ではない状況なのが英語脳および英語文化の考え方なのです。

分析が前後しましたが、第1文の「crispy outside」というのは少し変かもしれません。おそらく外側のことが言いたかったのでしょうが、要するに「表面」ということなので “surface” の方が確実に分かってもらえると思います。これは日本語を直訳したために起こる「母語干渉」と言えます。

ここで分かることは、1)母語ではなく、英語圏カルチャーに受容された表現を調べ上げること、そして2)モノの空間把握のイメージを、そういう意味でもナチュラルにすることが、こういった英語で書かれた説明を伝わりやすく示すのには重要だということがわかります。

4. 博多ラーメンの「バリカタ」

最後に紹介したい事例は、博多の名物グルメである「博多ラーメン」の麺の茹で方についての事例です。すなわち、あの有名な「バリカタ」をどう翻訳し説明するか、という話をします。

20230501_221411.jpg
【写真③】博多ラーメン(美味しかったです)

まず、現在では国際的に博多ラーメンは認知されていますが、まだまだ知られていない側面があります。私が初めて福岡を旅行したのは8年前ですが、ラーメン屋の店員にラーメンを注文したら「麺のかたさは、いかがいたしましょうか?」と麺の茹で方を訊かれて困ったことがありました。少なくとも九州人の間では知られている「バリカタ」ですが、関西圏出身の私もさることながら、外国人には尚更まだまだ馴染みがない概念でしょう。

その理由は、以下の通りです:

1) そもそも麺の茹で方(かたさ)をリクエストできると思っていない
まず、麺の茹で方を選べるサービスは、盲点かもしれないというところです。日本でも、麺の硬さを選べることがない店の方が多いと思われるので、その点は「麺の茹で方をセレクトできるんだ」と驚く日本人すらいるのではないかと思うほどです。この「茹で方セレクト」は、頼むお客さんの方もラーメンを食べ慣れていないと程度が分からないはずです。この点、つまるところ外国人旅行者にも食べてもらって、感覚を知ってもらうのが「最初の通過儀礼」になるということでしょうか。

2)「バリカタ」が省略形(頭字語)であり、本来の文章を再建できない
「バリカタ」は「バリバリに硬い麺」の頭字語で「めっちゃ硬め」というか「あまり茹でないカタい麺」という意味があるのですが、これは初めて聞いた人にはつかみにくいコトバだと思います。これは英語ノンネイティブが、メッセンジャーとかWhatsAppメッセージとかのアプリで初めて"WTF"とか"LOL"を見た人が、意味が分からないのと同じ感覚です。

ここから分かる通り「バリカタ」を説明するには上の2つの問題点を把握して、それを解決する意識を持たなければいけないのです。加えて、日本語の「カタい麺」を、英語に訳すにも、少し工夫が必要だと思います。すなわち、省略語かつ外国語の「バリカタ」には、それなりの説明が必要です。いろいろ形式はあるとは思いますが、少なくとも「麺の硬さ」をセレクトできることを明確にする必要は最低限あると思います。ちなみに「かたい」を "hard" と訳すと、カチカチに固まってコンコン音がするぐらい硬いことになりますので、ここでは "firm" が妥当と言えます。

(3) The staff asks you what your noodles are like. For example, “Bari-Kata” means “super firm.”

または「バリカタ」が好まれる理由について言及しても良さそうです。ということで、「バリカタ」の魅力は、何よりも提供の早さ、そして食感だと思うので、以下のような説明ができます。

(4) You can choose how your noodles are cooked. “Bari-Kata” means “super firm,” which the locals mostly prefer because ramen is served quickly, and its texture is the best with broth.

やはり、相手の知識および認識レベルや状況を考えて説明を行う必要がありそうです。英語に文法は必要ですが、それ以上にカルチャーやコンテクストまたは背景の事情など文化面や社会面の「使用の場」を意識すべきでしょう。

5. しめくくりのコトバ

いかがでしたでしょうか。このブログでは「文法的に正しい英語」ではなくて「文化や文脈を意識した伝わりやすい英語表現」に特化して、訪日外国人目線でわかる英語について考えました。ちょっとでもこれから英語をブラッシュアップしたい人に役立てば、この上なく幸いです。みなさんは、訪日した外国人観光客を案内したことがありますか?今回の話とは別に、みなさん個人で気をつけていることはありますか?

今後も、何卒よろしくお願いします。フォローや「いいね」を、いつでも歓迎しています!!

*カバー写真:滞在先のグアナファトにある「ピピラの丘」で見つけた黄色いフォルクスワーゲンのビートルです。
サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す