小説の基礎力をつける3つの講義

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大滝瓶太
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1:「たくさん読んだら小説が上手くなる」は本当か?

 いま、小説の書き手というのはかなり多い。すくなくとも、肌感ではあるけれど10年に比べて「はるかに多くなった」という感覚がある。それは「小説家になろう」や「カクヨム」といった小説投稿サイトの功績が大きいだろう。
 小説投稿サイトに自作を公開する以上、読者を獲得したいというのは当然の発想だ。これについてはぼくも経験がある。ただサイトに自作を放置しているだけでは「よっぽどのもの」でない限り反響というのはない。そこで作者はサイト内で読者となって他の作者の作品にコメントをつける。
 するとその「お礼」としてコメントを返してくれることがある。これを繰り返していくと読めば読むほどコメント数は増えていき、コメントの多い作品はサイト内で目立ち、するとじぶんが読んだ作家以外の作家や「読み専」からの感想も増える。
 ぼくが小説投稿サイトを利用していた当時、そうしたユーザー間のコミュニケーションの活発さが「読まれるため」の基本戦略だった。

 ただ、ぼくやぼくの友人は一部を残して小説投稿サイトを短期間でやめてしまった。
 使用しなくなった理由は個々によってちがうだろうし、特に聞いてもいないのだけれど、ぼくに関していえば、

・じぶんの小説の是非を問うに信頼できるひとが見つかった
・別に大勢に読んでもらいたいわけではない
・文学賞に応募する小説の公開は原則できず、小説を投稿する余裕がない

という理由があった。大勢に読んでもらいたいわけではない、という点に関しては複雑な事情があって、あくまでも興味は反響以上に「じぶんは次にどんな小説が書けるか?」にあったためだ。
 するとサイト上での他のユーザーのコミュニケーションがめんどうにもなる。小説のことを考えるために読みたいものも増え、自然とサイトから足が遠のいた。

1−1 なぜかれらの文章を「素人臭い」と感じるのか?

 小説投稿サイトにある小説の大半は、どことなく「素人臭い」。
 なにがどう素人臭いのかの話をしだすと長くなるが、非商業出版作家の文章を読むと「もうちょっとちゃんと本を読んだ方がいい」とおもうことがちょいちょいある。そしてこの感覚というのはおそらく実作者以上にいわゆる「読み専」のひとのほうが強く感じるんじゃないだろうか?

 特にじぶんが小説を書きはじめたときをおもいだすと、他の投稿作品はじぶんの小説よりもはるかに「上手い」とかんじた。ぼくはその「上手い」と感じた小説をワードに貼り付け、印刷して読んでいたのだが、つい先日、当時集めていた投稿作品を見つけた。しかし、読んでみるとかなり「素人臭い」と感じ、「あれ、このひともっとうまかったはず……」というおどろきがあった。おそらくこれは、当時から現在の8〜9年のあいだで、ぼくがたくさんの小説を読んできたからなんじゃないか、とおもった。

 実作をしていると、おそらく「一定の読書量が足りていないと他者の作品をじぶんの筆力ベースで読んでしまう」というのがあって(もちろん仮説だ)、この調子だと筆力が拙ければ拙いほど読んでも身にならない。「読む」ことによって生じる想像力や理解力に「自分の筆力」という制限がかかってしまっているのだ。
 それゆえに実作をしているとつい他者の作品に対して「甘く」なってしまうのだが(読者獲得のための営業行為についてはここでは触れない)、それが(小説を読み慣れた)「読み専」のひとが(書き慣れていない)非商業作家の小説を「素人臭い」と感じやすい理由なのかもしれない。「読み専」はじぶんの筆力を基準としないからだ。

1−2 「たくさん読むこと」と「ツムギスト」

 さきほどからものすごく経験と憶測で持論を述べているわけだけれど(ごめんなさい)、こうした仮説をとりあえず飲み込んでみると「たくさん読んだら(小説が)上手くなる」という理由を具体的に考えることができる。

 結論から言えば、たくさん本を読むことで「じぶんの文章・筆力を基準に読まない」という身体をつくることができるということは言えるが、上手くなるかどうかは本人次第だろう。
 作家の石田衣良は「作家になりたいならまずは各ジャンルを1000冊読め!」とYouTubeの動画でいっていたのだけど、かれのこの主張は、
・各ジャンルのプロットの基本パターンを網羅できる量が1000冊くらいだから
 という理由に基づいている。これはたしかにそうだとおもうのだけれど、それは「お話づくり」のスキルに特化したものだ。

 ここでより広義に「表現としての小説」を考えると、「たくさん読む意味」ことによって「じぶんの文章への慣れ」を断ち切ることができると捉えるという側面も考えられる。
文章観はじぶんにとっていちばん親しみのある「慣れた文章」との差異で形成されるものだとすれば、その「慣れた文章」を作り上げるうえで「じぶんの文章の寄与」が大きすぎると、読める文章が極端に少なくなる。
 言い換えると、これは未知のものへの耐性が低い状態であり、この状態では排他的な読書スタイルをとらざるを得なくなる。未知のものへ耐性とは「わからないことを考える忍耐」でもあり、思考力や想像力にも直結する。この力が備わってなければ「新規性のないもの」しか考えることができず、紋切りな表現に終始することになってしまう。

 たとえば「言の葉を紡ぐ」みたいな紋切りな詩的表現があるが、その表現を紋切りと認知せず「自身のオリジナルな表現」と誤認して使用している例をよく見かける。ぼくはそうした「定型とオリジナルを誤認するひと」のことを「ツムギスト」と呼んでるが、これは文章の「素人臭さ」の一例だ。

「たくさん読んだら上手くなる」ということばはとりあえず「読めばいい」ということを意味しない。もっといえば本である必要すらない。
 いかにして未知のものをしぶとく考え続けるかという忍耐と想像力を養うことこそが、実作の質を向上させるのだとおもう。

1−3 「訓練しないと楽しめない本」について

 書評の仕事をしていて強く感じるのが、「難解なものが避けられる」という傾向だ。
 暇さえあればスマホでWEB記事を読むひとが増え、それゆえにおそらく日本人が1日に読む文章の量はかつてに比べて飛躍的に増加しただろう。こうした面ではWEB記事は非常に頼もしい存在なのだけれど、一方で多くの(特に若い)ひとにとっての「慣れた文章」がWEB記事になりつつある気配も感じている。
 WEB記事の文章は「手短に求められた情報を提供する」という特徴をもっている。複雑な議論を極力控え、主題をわかりやすく伝えることに特化しているのだが、こうした特徴を持つ文章が一般的になると文章の表現性というのはほとんど害悪にちかいものになる。本を読むことでそこに書かれた情報を「インプット」する──そうした機能的役割として「読書」が語られるとき、そこには読書そのものが持つ創造性は存在していないだろう。

 小説、特に文学作品というのは「わかりにくい」ものが多い。
 たとえばいまでこそル・クレジオやクロード・シモン、トマス・ピンチョンという作家はぼくにとって非常に大きな存在なのだけれど、こうした作家の作品や、日本の近代文学とは性質が大きく異なる海外文学を読めるようになったのはほんのここ数年の話でしかない。
 こうした作家の大作を初めて手にとったときは通読に非常に苦労したし、そこに何が書いてあるのかもわからなかった。いまでも完全理解なんてものからはほど遠いという実感があるのだが、しかし「大洪水」「農耕詩」「重力の虹」は折に触れて読み返すたび、少しずつちがった感慨をもたらしてくれる。その度にぼく自身もまだ小説というものをわかろうとしているほんの入り口に立っているに過ぎないのだと思い知らされる。

 難解さを伴う海外文学に手を出したのはやはり「小説とはどんなものか?」を知りたかったからだ。そしてどこまでめちゃくちゃをしてもいいのかを知りたくて、ヌーヴォーロマンやポストモダン文学に手を伸ばしたのだが、こうした圧倒的な「わからなさ」は小説というものの懐の広さを痛感させてくれる。
 しかし、この「わからなさ」自体を知覚するのも一筋縄では行かなかった。ぼくの場合、ピンチョンを初めておもしろいと思えるまでに読んだ本の数は1000とか2000どころじゃなかったとおもう。かつて飲み友だちの作家・吉村萬壱にどうやったら「小説がわかるようになるのか?」みたいな質問をしたのだが、「目から血が出るほど読むしかないんじゃない?知らんけど」と言われたのがきっかけだった。

 経験論で話すのはよくないとわかりつつ、いまぼくのもとに送られてきている小説を見る限り、そのほとんどのひとは小説を書きはじめたばかりな印象がある。もし小説投稿サイトでのコミュニケーションを積極的に行なっているひとであれば、「より多くのひとを喜ばせる」ために「わかりやすさ」に傾倒したくなる時期に差しかかっているかもしれない。
 わかりやすさは大切だ。
 だけど、小説を不自由にするのは「わかりやすさ」という定型でもある。
 今よりももっと自由に、もっと大きな小説を書きたいとおもっているなら、とりあえずたくさん、小説だけでなくいろんな本を、訓練しないと読めないような本を読もうとしてみてほしい。最初はけっこうしんどいとおもうし時間もかかるけれど、それで小説観は大きく更新されるはずだ。どうせ書くなら既存の「おもしろい」にないものを開拓するような実作を行なうべきだ。

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