常に不安を抱えている私たち
夫婦関係が辛くなるとき、
相手を変えたい
理想の家庭像を求める
将来への不安を考える
という状態になっていることがよくあります。
現代は、
物価上昇
老後不安
教育費
収入不安
など、「将来への心配」を抱えながら生活している人が多くて、この私もそうです。
離婚の夢を見た?
そして、私の奥さんもそう。
今朝、聞いたのですが、私から離婚を切り出された夢を見た。
のだそうです。
そんなバカなと思いましたが、「子育てが終わったから離婚をしよう」という話になったのだとか。
その背景には、自分一人では経済的に自立できないという不安があるかもとのこと。
僕のわずかな財産は奥さんのものだと私は思っているのですけれどね。
離婚したい気持ちなんて1ミリもないことは奥さんも百も承知だとは思いますが、心の奥底には何かしら不安を抱えているのかもしれません。
僕も離婚されたくないから精一杯のことをしているのかもしれません。
平生業成という言葉
最近は仏事の手配を考えることが多くて、ウチは浄土真宗なので、そのあたりの言葉が不意に目に留まることがあります。
そして昨日、「平生業成(へいせいごうじょう)」という親鸞聖人の言葉を知りました。
「何のために生まれてきたのか」
という人生最大の目的は、死後ではなく生きている平生にこそ成し遂げられる。
これは、
「完璧な未来を手に入れないと安心できない」
と思ってしまう私たちへのメッセージです。
例えば、
今日、一緒にご飯を食べられた
普通に会話できた
静かに一日を終えられた
そうした日常そのものに価値を見る考え方です。
夫婦関係でも、将来設計ばかりを考え続けると、相手は「安心の対象」ではなく、「不安を解決する道具」になりやすくなります。
すると会話は減り、責め合いが増えます。
もちろん、現実的な備えは必要です。
しかし、人の心は「将来の完全な保証」があることで安定するわけではありません。
むしろ、
「今この瞬間に、安心できる関係があるか」
の影響の方が大きいのです。
平生業成は、
「幸せは、将来すべてが解決した後に来るものではなく、日常の中にすでに存在している」
という視点を与えてくれる言葉です。
やるべきことを淡々とこなすだけ
老後の不安があるということは、 長生きする自信があるということです。
昔の人たちは、今一日を過ごすことにさえ不安がありました。
私たちは未来を知りません。
思う通りの未来を創るために今日の時間を犠牲にするよりも、前向きで楽しい時間を過ごした方がよいのです。
焦るよりも、今できることを楽しみながらやってみる。
その結果がどうであっても、無意味ではありません。
焦って努力しても報われないかもしれない。
だから、いまの気持ちにゆとりをもって、心地よく生きるのです。
我慢や苦労の量が幸せに比例するという話はよく耳にします。
でも、実際のところ、我慢や苦労は不幸な人間関係の原因にもなっています。
だから、私たちはいつまでたっても幸せになれないのかもしれない。
親鸞聖人もそういうことを考えたのだろうか。
と思います。