「分かってほしい」が止らなかった理由

記事
コラム

私ね、彼に対しても、親に対しても
子どもに対しても、
同僚や上司に対しても、


「分かってほしい」が止まらなかった。

そして、それがいつのまにか
「私は分かってもらえない」になっていたんです。



ちゃんと伝えたのに。
こんなに説明したのに。
なんで伝わらないの?
なんで分かってくれないの?


って、相手の反応ひとつで、
頭の中がいっぱいになってました。

LINEの返事。
表情。
言い方。
空気感。


「今の何?」
「なんでそんな態度なの?」
って、

ずっと相手ばっかり見て、

でも今思うと、
私は相手を見てるようで、

本当は
「分かってもらえない苦しさ」をずっと見ていたんですよね。

そしてもっと深ぼったら

一一一一一一一一
分かってもらえない私は、大切にされない。
一一一一一一一一

みたいな感覚があったんです。

だから、
伝わらないことが苦しかった。

ただ意見が違う、
ただ受け取り方が違う、
とか、そんな事じゃなくて

私は、
「否定された」
「後回しにされた」
「大事じゃないってことだ」

って、そこまで一気に意味づけをしちゃってた。

でも、
これって相手だけの問題じゃないんですよね。

もちろん、
向き合う気のない人もいて、逃げる人もいる。

でも私は、
分かってくれる人が現れれば
安心できる。

ってずっと信じていたんです。


だから、
分かってくれそうな人を探して、
分かってもらおうとして、
伝え続けて、ずっと苦しくなって

でも、気づいたんです。


私は、
「理解」が欲しかったんじゃなくて、
安心が欲しかったんだって。


「私はここにいていい」
「私は大事にされる」
「私は否定されない」


その感覚がずっと欲しかったんです。

だから、
相手がどう反応するか。ということに
人生ごと握られてたんです。


でも、どれだけ相手に求めても、

自分の中に
どうせ分かってもらえないって前提があったら

現実は何度でもそれを見せてきます。

これ、
本当に不思議なんだけど、

前提って、証拠を探し始めます。

少し反応が薄いだけで
「やっぱりそうだ」になるし、

返事が遅いだけで
「大事じゃないんだ」になる。

現実を見てるようで、
実は前提越しに見てるんですよね。


だから私は、
相手を変えることより先に、
「私は何をこんなに怖がってるんだろう」
を見始めたんです。

分かってもらえないこと?
否定されること?
置いていかれること?
大事にされないこと?

そこを見始めた時、

少しずつ、
現実の見え方が変わりました。

前は、
分かってくれる人を探してたけど、

今は、
「私は私を分かろうとしてるかな」
を前より見るようになりました。

すると不思議と、
前ほど、分かってくれない人
に執着しなくなったんです。


結局、
現実って、出来事そのものより、
自分がどう受け取っているか。
がすごくよく出るところ。

だから私は今も、何かにモヤっとした時、

「相手が悪い」
だけで終わらせないようにしてます。

その出来事を通して、
自分の中の
どんな前提が動いたのか。

そこを見るようにしてて

だから、
たぶん、
人生が変わる時って、

現実を変えられた時じゃなくて、
現実の見え方が変わった時なんですよね。


視点を変えるだけで
本当に見え方が変わるんです。


その視点を変えるきっかけにまずはご自身の
見え方がどうなっているのか見てみませんか??
↓↓

サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す ココナラコンテンツマーケット ノウハウ記事・テンプレート・デザイン素材はこちら