母の日はトラウマ な話

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こんにちは フィベルです。
今月 もしかしら在宅のみで凌がなきゃいけなくなりそうになっちゃって
絶句しかけていたりします 探してみますけど・・な人です。


昨日は母の日でした 本来ならこのお題は昨日出すべきでしょうけども
躊躇いました 内容がタイトルの通り暗いお話なのです
気を悪くされる方もいるのではないかと思いまして。


「姦しい の意味を知る な話」でしれっと触れていたのですが
僕は次男として生まれました が 父親は結果に失望して
命名を母親に投げましたので 僕の名前は芸能人から
取って付けられたものです。

男三兄弟であったのですが 芸能人の名を付けられたのは
僕だけです 出生時点で相当祝福されていなかったようです
両親からすれば僕は「面倒な子」だったのだろう などと思います。

僕が出生したせいで「母方へ養子として出す」約束を
果たさなければならなくなったからです
今回はここら辺りを掘り下げると長くなるので割愛します。


20歳の時に僕は母方の姓となったのですが この時点では
僕はひとり暮らし 振り返るとその翌年からでしょうか
母の日に贈り物をしようと決めたのは しかし・・・
母親 となるとふたり居る 生んだ母と 今の母
「今の母」というのは母方の祖母 おばあちゃんです。

ふたりに贈る いや待て 父方の祖母をないがしろに出来ない
と いうことで3人に贈ろうと。

金銭的な問題で贈れなかった年があったように記憶していますが
十余年ばかり贈り続けていたところで 8年前 平成26年
父方の祖母の訃報に触れます。
全てが事後報告で済ませる癖のあるかつての母は 父方の祖母が
入院した事すら僕には伝えてきておりませんでしたので冗談抜きに
「え!?・・・」と固まってしまいました。

通夜 葬儀をこなしていく過程で未だ狐につままれたような
心持ちだったわけですが 荼毘に附すため火葬場に着いて
車から降りた直後 かつての母が伝えてきました。


母の日の贈り物 もうやめて


・・・は? ・・・え?


旧家 両方の祖母の家には相応の庭がありまして
僕はその庭を贈った花で満たせられたらいいな などと思い
鉢植えタイプの花を贈っていました。


世話が面倒だ と。


これは昭和の話ではありません 連絡手段を持っている人の
やりとりです どのタイミングで言えば効果的であるか
聞き入れてもらえるか ずっと画策していたのでしょう
ただ受け取って ひたすら枯らし続けていたそうです 
「嫌ならメールでもいいから伝えてくれれば良かっただろ」などとは
後で思ったことで この時 頭に渦巻いていたのは


なぜ こんな人が 僕の母親だったのか     です。


花を愛でない女性に嫌悪を抱くようになってしまいましたし
母の日の贈り物 いや 一切の贈り物をしなくなりました。

一昨年 ふたり目の母が鬼籍に入られたのを受け 分家に
「願いの継続を終えます」と知らせると 同時にかつての両親に
絶縁を通達しました。


追記

ひとつだけ 今も残った鉢植えがあります しかしそれは
いつかふたり目の母に贈った造花です
愛情を注がれず枯らされた花たちを尻目に 愛情なく
人工物としていながら今もなお有り続けられる花。

私は あの日のかつての母の振る舞いを 許すことが出来ない
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