「我慢」が限界になる前に

「我慢」が限界になる前に

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ライフスタイル
この1年、
私は虐待してしまった人、虐待を受けている人、
そのどちらにも、何人も出会ってきました。

多くの人に共通しているのは、
ある日突然キレてしまったわけではない、ということです。

何年も、何十年も、
怒りや悲しみを胸の奥に押し込めてきた。
ずっと「我慢」してきた。

そして、
親子の力関係が変わったとき、
身体が弱ったとき、
生活に余裕がなくなったとき、
その我慢の壁が、ふっと低くなる

溜まっていた感情が多い分、
ほんの小さな出来事でも、
一気に壁を越えてしまうのです。

我慢とは「盾」になること


自分が盾になって、気持ちを抑えている状態です。

本当は怒りたい。
本当は悲しい。
でも――

●怒りを出したら、もっと大きなトラブルになる
●言ったところで、何も変わらない
●自分が悪者になるのは嫌だ
そうやって、
気持ちをふさいだほうが被害が少ないと判断して、出さない

それは、
自分を守るためであり、
相手を守るためでもある。
我慢は、ある意味で優しさです。


ふさぎ続けた感情の限界

でも、ふさぎ続けた感情は、外に出ようとします
怒りや悲しみを、
もし誰にも話さず、
誰にも受け止めてもらえず、
ずっと一人で「ふさいで」いたとしたら——

それは、とても苦しい状態です。

限界を超えると、
感情は飛び出してきます

それが「キレる」という形になり、
暴力や虐待として表に出てしまうこともあります。

虐待の現場を知ると
その人がこれまでどれだけの怒りや痛みを
自分を盾にして受けてきていたかと思うと
胸が痛みます。

自分の感情がどれだけ自分を攻撃してきたのか

表に出たものをこれまでずっと自分で受けてきていたのです

逆に、虐待されている人は「我慢」する以外の選択肢がない場合が多いです。
辛い気持ちを外に出せず自分で「ふさぐ」しかない。

そうした状態を漢字で書くと
気持ちが鬱(ふさ)ぐ」と書きます。
鬱(うつ)という言葉の背景には、
自分が気持ちをふさいできたことが関係しています。

自分が壊れないために

怒りや悲しみは、
正論で抑え込んでも消えません。

でも――
わかってもらえたと感じた瞬間、
不思議と、自分で頑張ってふさがなくても弱まることがあります。

実際に、虐待してきた人からこんな言葉をいただくことがあります。

「気持ちが抑えられた一番の理由は話を聞いてくれたことです。ずっと誰にも悩みを言えなかったので。今でも我慢できないことはあるけど、前とは違います」

虐待をしてしまった人は、
心のどこかで「いけないことだ」と分かっています。
だからこそ、誰にも話せず、
周囲から責められるほど、意固地になってしまう。

でも、
否定されずに話を聴いてもらえる場所があると、
人は少しずつ、力を取り戻していきます。
自分が我慢してきたことに気づきます

それは「今すぐ変わる」ためではなく、
これ以上壊れないための大切な時間です。

我慢を一人で背負わなくていい

我慢とは、
怒りや悲しみを、自分で受け止め続けること。

でも、
一人で抱え続けなくてもいいのです。
誰かに話すことは、
弱さではありません。
自分を癒すための、選択です。

否定せず、評価せず、
ただあなたの話を聴く場所があります。

我慢が限界になる前に。
怒りが人を変えてしまう前に。
一度、話してみませんか。


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