【ショートショート】人間の都合は知りません。

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ある日のこと、ポストにチラシが入っていた。
「OPEN記念!猫の手、貸します。猫屋」
まるで子どもが書いたような文字に、本物の猫の手で押したのであろうと思われる肉球のスタンプ。
いたずらかと思ったが、ご丁寧に地図まで描かれている。
これは面白そうだ。
そう思った男は、そのチラシを持って地図が指し示す「猫屋」とやらへと向かった。
そこにはこぢんまりとした昔の駄菓子屋のような佇まいの建物があった。
ガラガラと扉を開けると、奥のほうで何かが動いている。
よくみると猫がペンを持って一生懸命紙に何かを書いていた。
何が何だかわからないまま、男は声をかけた。
「あの……」
「えっ、あ、これはこれは。気づかずに申し訳ない」
「いえ……このチラシが入っていたもので……」
「ああ、ああ。猫の手をご希望ですか?」
「ええと……まぁ……」
「では、この子をどうぞ」
猫は当たり前のように二足歩行をし、別の猫を連れてきた。
「この子は私のように話せはしないんですが、ネズミや虫を捕まえるのは大得意でしてね」
「はぁ……」
「うちはちょっと特殊でしてね。猫の手をお貸しする間、猫のお世話は人間さんのほうにお願いしてます。相性もあるとは思うんですが、仮に相性が合わなくても期限までは返却はできないんです。あとは……」
猫がいろいろと説明しているものの、猫がしゃべっていることのほうが衝撃で話が入ってこない。
結局、よくわからないまま猫の手を借りる契約を交わし、猫を連れ帰った。
確かに借りてきた猫はネズミや虫をよく捕まえてくれた。
だが、数日経って男は自分が何かとんでもないことに巻き込まれているのではないかと急に恐ろしくなってきた。
借りた猫を抱えながら猫屋に向かうと、あの猫が怪訝そうな顔で男を迎えた。
「……今日はどうされたんです?」
「いや、猫の手はもう十分借りましたんで……その返そうかと」
「期限までは返却できないと言いましたが」
「期限っていつまでなんですか?」
「どちらかが寿命を迎えるまでです」
「えっ」
「私は説明しましたよ。ほら、あなたもここにサインしてる」
「あー……期限前の返却はどうすれば……」
「簡単なことです。今、ここであなたが寿命を迎えればいいんです」
「えっ!?」
「当たり前でしょう。今は動物愛護の時代ですよ。まさか、この子に命を絶てと言うんですか?」
「そんなぁ……」
「人間の都合は知りません。嫌なら最期まで責任を持ってください。私は説明したし、契約も交わしてるんですから」
猫の手は安易に借りるものではない。
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