書いて残していくということ

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コラム
しばらくの間お休みしていましたが、最近少し落ち着いてきましたので、いろいろなことを少しずつ再開していこうと思い、まずは先日noteとTwitterのほうに詩を載せました。

お休みしている間は書く環境や状況が伴わずでしたが、でもまたきっと書ける、降りてくることもあるだろうと思っていました。しかし『満月』という詩を書く前日に、詩はもう降りてこないのでは…、と急に不安になりました。

この、すごく不安になる気持ちはよくあることなのですが、私の場合は不思議と次の瞬間や翌日に詩が降りてくることが多いです。このことが以前から気になっていましたが、今回久しぶりに詩を書いてみて、『言の葉は消えていない、心の中に溜めているだけ…』と思いました。

それは、書いた詩が思っていた以上に長かったから、ということもあると思います。これほどの言葉たちが眠っていて、降りてきてくれて、たくさんの方々が優しく受け入れてくださって、やっと長かった状況や冬から明けることができそうな気がしました。

私が書いて残している理由はいくつかあります。目が悪くて、いつか撮ったり書けなくなる日が来るかもしれないということ、書くことで自分のいろんな感情を救っていること、書くことで誰かの役に立ちたいということ、そして、書くために生まれてきたと感じているからです。

いままで、詩以外にもいろいろなことを書いてきました。何をしていても結局最後はいつも書くことに繋がっていて、書くために生まれてきたというのは、そのとき思い出すように感じました。

だから、私にとって書くこととは上手い下手ではなくライフワークだと思っています。ときには、大好きな音楽も風景も心に響かない、書くことも無くしてしまうような日々もあるけれど、音も自然も言葉たちも、ただ静かに私の『時』を待っていてくれたように思います。

様々なことに思うようにいかない日々も、ライフワークとなるようなことや自分にとって大事なことは、時が満ちるのを待っていてくれるのだと思います。無くしたのではなく溜めている。そう思うと、辛いときも心が少し落ち着くと思いました。

いつしかカレンダーも3月に変わり、待っていた春がやってきました。すべての人たちが大切なことを大切にできて、暖かい春となりますよう、同じ空の下、今日も願っています。そして、平穏な日々となりますように…。

長い文章となりましたが、
最後まで読んでくださってありがとうございました。感謝。


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