♪【4000文字小説】 キューピットは足漕ぎ自動車

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(4/10/2025 Update)


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その人・・・・・・もとい彼・・・・・・やだ・・・・・・彼だって。

彼はその日いたわるように、壊れかけたまま放置されていたピンクの足漕ぎ自動車に、絆創膏を貼ってあげていたの。



1

両親の離婚を理由の転居って展開は、世の中に星の数ほど溢れているお話だよね。

クラスに馴染めていなかった私としては、高校2年の3学期開始から間もなくという、なんとも微妙なタイミングでの転校も、正直これ幸いだったかな?
ところが時を合わせて全世界が禍に覆われてしまったから、17の乙女の毎日は、見知らぬ町での実質軟禁状態。
早朝から慣れない仕事に向かうお母さんを玄関先で見送るでもなく、目覚めれば食卓の上に走り書きのメモを確かめるひとりぼっちの毎日。

正直めげちゃったわ。

私に与えられた部屋の窓の外は、中途半端に木々が茂る、空き地みたいな児童公園。
『危険』の二文字と黄色いロープで囲われた色褪せた遊具が、妙な配置でポツリポツリ。
学校に行けない中学生ぐらいの女の子の集団が、午前中から大きな声でお喋りしていたわ。
ストレスMAXなのは理解できたけれど、実名を挙げて陰口三昧の女子グループ、正直勘弁願いたかったな。

そんな窓から見える世界の中で気になり始めていたのが、いつしか放置されていた、まだ新しいピンクの足漕ぎ自動車。
一向にご主人さまは引取りに現れず、散歩中の犬にマーキングされたかと思えば、男の子の集団に乱暴に扱われる毎日。

かわいそうだな。

ところがある日を境に、我が家のすぐ下の茂みの中を塒に選んだらしく?
朝起きて窓から手を伸ばせば触れられる場所が、ピンクちゃんの定位置になっていたの。

雨粒や泥の汚れが拭き取られ、誰かがこの場所にかくまっていることは一目瞭然。
退屈極まりない毎日、一体誰だろうかと興味が湧くも、わざわざ突き止めようとまでは思わなくって。
それでもピンクちゃんは、この町で初めてできたお友だち。
スキンシップのご挨拶が毎朝の小さな楽しみというか、ほどなく日課になっていたわ。



2

「ど、泥棒?」

冬の柔らかな逆光が描き出した朝のシルエットは、間違いなく窓の直ぐ向こう側で、何やら動いている人影だったの。
寝ぼけ眼の私は恐怖と緊張感で、ひたすら気配を悟られぬよう息をひそめていたわ。
ほどなくその人影が何とも不自然な動作で遠ざかっていったものの、私は固まったまま。
そこから十分に時間を置いて、勇気を出して窓を開けて真っ先に確かめたのは、当然ピンクちゃんの無事。

「あれっ?」

いつもの場所に置かれた車体の後部に、真新しい絆創膏が2枚。
長さ10センチほど生じていた亀裂を押さえるように、丁寧に貼られていたの。
朝7時台は夢心地の私と壁ひとつ隔てた朝の公園に、こんな優しい見知らぬ誰かが訪れ続けていたなんて。



3

「ずるいよ!」

寝起きで洗顔もしていない乙女のパジャマ姿を確かめておきながら、そっちは上下トレーニングウエア姿プラス、マスク美男の完全装備なんて、あんまりだよ。
そりゃめずらしく早起きから、無防備に窓を開けたのは私だけどさ。

「こんにちは!」

いきなり逆光の中からそんなふうに話しかけられたなら、誰だって悲鳴を上げるわよ。
それに朝の挨拶は「おはよう」だぞ。

今だからこんなふうに笑って振り返られる、これが彼との初遭遇。
またしても人生最大の緊張感に覆われて静寂の時が流れるにつれ、私はひとつまたひとつ、俄かには理解できない気づきを数えていたの。

まずは彼が左半身に装着していた、金属製の歩行器具らしい重装備。
生まれつき不自由な自身の身体を支えられるよう、日々のトレーニングが欠かせないことを、屈託なく教えてくれたわ。
通学通園時間に自分が道路を歩くと邪魔になるから、午前8時前には帰宅できるよう、この公園内を黙々と歩くのが日課なんだって。

次に彼が私と同い年で、通信制の高校で勉強していることや、それからこれは教わったんじゃなくて、私が直ぐに確信したこと。

「マスクを外してもイケメンだ!」

独り言が大声になって飛び出しそうになったのを、慌てて飲み込んでいたわ。



4

時折すれ違う見知らぬ人のほとんどは、マスク越しに怪訝そうな表情を隠し切れずに無視するばかり。
それでもめげずに「こんにちは!」と、元気な挨拶を絶やさない彼。

そんな彼のことを少しずつ知ればその分だけ、新たな驚きを数えることに。

金属製で複雑な構造らしい歩行補助器具が、見た目以上に重たくてビックリ。
彼の自宅が目と鼻の先で、彼が単独で移動できる世界がこの限られたエリア。
それからそれから・・・・・・この先は内緒っていうか、軽々しくは話せないわ。
悪天候でもレインギア姿で歩行練習を休まない彼が、ある日こんなふうに。

「僕にとっては母さんや病院の先生、そして君以外の人と言葉を交わせる、貴重な一瞬一瞬だからさ。自分から挨拶できることが嬉しいんだよ」

私は「そして君」の順番なの?

いまだにメルアドすら交わしていない、正直まどろっこしくも愛おしい毎日。
私の親世代の昭和の恋って、こんな感じで芽生えたのかな?
彼の家の前で「じゃあまた明日」の、移動距離数百メートルのこれって、一応デートになるのかな?



5

またしても彼から届いた人生最大、今回ばかりはダメージが半端なくって
「やっぱ私なんて不釣り合いっていうか、生きる姿勢の次元が違いすぎるわ」

それなりに阿吽の呼吸もバッチリに近づいてきたのが、これまた嬉しくって。
そんな彼との何気ない会話が、気づけば彼の独り語りに耳を傾け続けて。

そしたらね・・・・・・

彼の表情は、いつもと一緒であくまで優しかった。
その口調は次第に熱を帯びてきたようで、励ましというよりも叱責されているように思えてしまって。
もちろん絶対に、そんなことはなかったよ。


僕はできないことが、みんなと比べて沢山あるから、その現実から目を逸らしちゃいけないんだ。
健常者としてどこかに雇ってもらうことは無理だし、当たり前のことがこなせないしね。
周囲の人たちは「机の前に座ってできる仕事は、これからもっと幅広くなるだろうし、ニーズも増える一方だよ」って、元気づけてくれるけどさ。

でもそれって、より多くの人たちがそんな職業を目指す、ってことだろ?
だったらいずれ、それがみんなと一緒の平凡な仕事になってしまうだろ?
そうなるとやっぱり、僕はそんな世界の椅子取りゲームには、勝ち残れないよ。

だけど僕には武器があるんだ。
武器っていっても、この装置じゃないよ・・・・・・あれっ?これ、笑ってほしいところだったんだけどな。

これ、誰にも話していなかったけど、初めて言葉にするね。
僕、小説家になりたいんだ。
それもネット配信じゃなくって、紙の本の世界のね。

どんどん本屋が消えていって、大きな書店も在庫で埋め尽くせなくて、さびしい空間が増えるばかりだけどさ。
学校の教科書も、卒業アルバムですら、印刷された紙じゃなくなる一方だけどさ。
いずれ人々の日常生活から、姿を消してしまうかもしれないけどさ。

だけど、世の中が100%、そっぽ向いてしまうとは思えないんだ。
必ず少数派が存在していて、そんな人たちの熱意は、その他大勢よりも強くて大きいと思うんだ。

僕も少数派。

安定や好待遇を約束してくれる勤務先が扉を開いてくれることは、まずあり得ないからさ。
そんな就職戦線っていうのかな?・・・・・・それはみなさんにお譲りしてさ。

五体満足な人たちが気づかない風景。
経験することはないだろう、いろんなこと。
感じたり、考えさせられることもないだろう、喜怒哀楽。

大ヒットは望めないと思うよ。
でも少数派のなかの、さらにほんの一握りの読者が支持してくれたなら、どうにか食べていけるような気がしてさ。
超大物ミュージシャンやスポーツ選手を目指すような、非現実的な目標じゃないよ。
一般の社会人と同じように、誰に頼るでもなく、自分の仕事で食べていけるように。

ものづくり、だよね。
職人さん、だよね。
自分の作品にお金を落してもらえるなら、理想的っていうか、最高だよ。

指先を細かく動かすことは苦手だけれど、文字ならタイピングできるしさ。
会社の事務とかみたいに、スピードが求められるわけでもないだろうしさ。
この器具もそうだけど、文明技術の発達に、ホント感謝だよ。

それになにより、やっぱ声にしたいことが沢山あるんだ。
まだ二十年にも満たない、僕の小さな人生だけどね・・・・・・あっ、ゴメンゴメン。
なんだか言葉が止まらなくなっちゃって。

ところでさ。
もしよければ、君の将来の夢とか目標とか、聞かせてくれると嬉しいな。


なんにもないよ。
なにひとつ真剣に考えていなかったよ。
恥ずかしいよ。
情けないよ。
私なんてやっぱ、不釣り合いだよ。

それより夢とか目標とかじゃなくって、今この瞬間の、命を賭けた切実な願い。
自分のことだけで精一杯の、どうしようもないこんな私で、ホントにゴメンね。

「この先もこれまでと同じように、こうして会ってくれるよね?・・・・・・」



6

「明日の朝、そおーっと窓を開けて、ピンクちゃんの座席を覗いてごらん。絶対に物音を立てず、そおーっと、だよ」

忘れてた!

彼との時間に夢中なあまり、数週間どころか月単位で放ったらかしだった、ふたりのキューピットの足漕ぎ自転車のことを。

「今日はダメだよ。明日の朝、できれば早い時間にね」

大好きな彼の言いつけは、黙って素直に守るのが彼女の務め・・・・・・きゃっ。
一夜明けて、以前よりもずっと茂みの奥深くに押し込まれていたピンクちゃんとの、久々のご対面。
低木に覆われた黒い座席部分は、暗くて見え辛かったわ。

「あっ!?」

いつの間に泥と枯草で作られた、巣のような小さな一角の中に、数羽の雛スズメの姿が。
イタチなどの野生動物の目を逃れ、孵化から巣立ち間近らしく、羽根の模様もほとんど生え揃っていたの。

大急ぎで着替えを済ませて玄関を飛び出し、大回りで公園の入口へと、私なりの全力疾走。
そしてあの日初めて出会った時のように、逆光の中にその姿を見つけた次の瞬間、私の視界は洪水級の涙で霞んでしまったの

突発性眼球洗浄。
恋する乙女に頻繁にみられる症状って聞いていたけど、とうとう私も発症しちゃったわ。

だって・・・・・・だってね。
金属製の歩行補助器具を、左手で力強く空に向けて振り上げた彼は、両足で力強く立った姿で、こちらをじっと見つめてくれていたから。

溢れる想い、もうこれ以上抑えられない。

現実を受け入れて腐ることなく、未来へと続く自分物語の扉を開くのは、他ならぬ自分自身だと、彼が教えてくれたから。
「おはよう」の前に、ピンクちゃんの座席で育っていたスズメの雛の話の前に、今直ぐ伝えたいことがあるの。



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