抑圧

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コラム
おこんにちは~(*´ω`*)



名越さん、名越康文さんにドはまりしている毎日です(≧▽≦)


私が親や社会から教えてもらえなかったこと、私が「ちがうんじゃないか」
とかんじてきたこと、なにか変だとかんじてきたことを、とてもやさしく
わかりやすく言葉で話せるひとで、その感覚が大好きです♪


他人から教えてもらえなかったから自分で独学してきたけれど、いろんな
精神科の先生やカウンセラーさんも見てきたけれど、まったくちがうひとだ、
っていう印象です。


すこぶる自然体笑

とくにゲームの登場人物や人間関係を解説する動画は、涙が出るくらいこころ
に届きます☆彡


無意識で、相手にマウンティングしたりコントロールしたりする言動。
相手の自立心や自発をつぶす言動。

こういうのって、私たちの日常生活でよく起きてるなぁって、思います。


おとなになっても、過去やこどものころのトラウマとか思い出さない
ようにしてきたこととか、それが抑圧されていて自分や人間関係で
くり返されているようなながれ。



それって、自分で作り変えていかないといけない、っていうか、自分を知って
理解して、直視していかないとくり返す。


私が小学生のころから疑問に思っていたことの中のひとつに、「どうして
おとなは流されて生きてるひとが多いんだろう」っていうのがありました。


過去を思い出したり未来を考えたりして、かんじる感情はあるのに、今この
瞬間が抜け落ちているっていうのか。

昔は良かったとか、これから不安だとか、そういうのに意識は行くのに、
今この瞬間のことが消えている。


すごく不思議で、だから「生きている感」をかんじられなくて、空っぽに
見えてしまう。

何のために生きているんだろう、って私は親に対して思っていました笑


これ、結婚したてのころ、主人にも思いました笑


なにもたのしいことがなくって、ただ職場と家を往復していて、その毎日。

「このひと、一体何のために生きているんだろう」って。


すごく簡単に言うと、愛をかんじない。

それは私に対する愛だけではなくって、主人が主人に対する愛。
命。


これ、話したこともあるけれど、ぜんぜんわからないみたいで、伝わる
ことはないんだけれど、私の中ではとてもたいせつで大きいことです。


結婚したてのころ、友人に相談したことがありました。


女性にも男性にも話しました。


女性陣は「家にまっすぐ帰ってくるし、ごみ出しもしてくれて、キャバクラ
やパチンコも行かなくて、まじめで、喧嘩もしなくて、すごくいいひと
じゃない、うらやましい~」

ゴミ出しは助かるけど、家にまっすぐ帰ってきてもらわなくてもいいし、キャバクラやパチンコに行ってもらってぜんぜんいいし、思ってることを話し合ってときには喧嘩になってもいいし、まじめさは求めていない。

っていうのが私の思っていたこと笑

男性は「給料もらってくる、家に帰ってくる、そのなにが不満なの?
求めすぎじゃない?わがままだよ。こんなに愛されているのになにが
不満なの?」

結婚したから働きはじめたわけじゃなくて、私と一緒にいなくても彼は
おなじおしごとをしている。
〇〇してほしい、っていうことがあるんじゃなくて、愛をかんじられない。

少なくとも、結婚前にはあったのにそれが結婚したらなくなってしまう
のはどうしてなんだろう、っていう。


ここ、まわりのひとにはだれにもわかってもらえなくって、自分がおかしい、
自分がただのわがままで、だから私ががまんしないといけないんだ、っていう
ことになっていきました笑


今では「わがままではない」っていうことがわかります(*´▽`*)

私の独自の視点、感性、感覚がもたらすものです。

私が私の独自の視点、感性、感覚をたいせつにしないと、私はしあわせでは
なくなってしまいます♪




このあいだの出来事です。

リビングに置いてあるメモ帳とペンのセット。

つかおうと思ったら、ペンがなくなっていました。
私はつかったら元の場所に戻しておきます。

主人は物をもとの場所に戻しません笑


私「ぱぱさ~ん、ペンがないんだけど~。どこにやったか知らな~い?
さっきつかってたでしょ~?どこに置いた~ん?」

主人「俺が知るわけないだろう、俺、自分のペンつかったから。
1ミリも触ってないよ、俺は知らない」


かなり強い、攻撃的で閉鎖的な反応でした笑

私、そういうときぜんぜん乗っからないし嫌な気持ちにもならないので、
「そうなの~?でもないよ~、どこに行ったんだろう~」
って探して、見つからないので放っておきました笑


で、今日。

主人の小物入れにそのペンが入っていました笑

やっぱりつかってたんじゃない。
でも、自分はつかってないっていう思い込みとか、責められるかもしれない
っていう思い込みとか、自分はわるくない、っていう動かない思いとか、
自分や私を認めたくないとか、そういうものがあってああいう反応だったんだなぁ、って。


そういうの、ときどきいやになることは正直あります笑

とくに、私がほんとうにいやだと言っていることや、ほんとうにしてほしくないことをやめてほしいとき。

ほんとうにいやだとかんじることや、ほんとうにやめて、ってことって
なかなかないことです。


それをされたら伝えます。

表情も出るし、隠さずに、言葉でも伝えます。

「それ、ほんとうにいやだからやめて」
「前からずっと言ってるけど、ほんとうにいやだから」

笑うんですよ、主人。


ちょっとびっくり。

歪んでる反応っていうか。

自分が上にいるかんじ。
わざとしてるわけではないっぽいけど、無意識に相手のほんとうに
嫌がることをくり返してるかんじがします。


一緒にいるひとが、ほんとうにいやなこと、傷つくことを平気で
くり返せる心理って、そのひとが奥底に持ってるなにかがあるとしか
私には思えないですね(;´∀`)


私との日常や関係性も関わっていて、その一部の現れでもあるけれど、
そういうこと、サイン、瞬間的な反応って、異常なことではなくって、私たち
の日常でとてもよく起こっているように思います。


私は、そういうサイン、変化にとても敏感で、本人の自覚がないうちから
気づいてしまいます。


相手に自覚がないうちに話したり聞いたりしても、さっぱりなので、
様子を見ます。


自分と向き合うことをしないひとは、自分の変化や自分のサインに気づくこと、相手の反応や変化に気づくこともものすごく遅いです。
瞬間瞬間をながしていくので。


それはわるいことではなくって、そのひとの特性やそのひとの持つもの。
いくらでも変えられるんだけれど、私は望まないひとに押し付けたりも
しないし、責めたりもしない。



この、自分とはちがう人間しかいなくって、自分とちがうひとたちと一緒に
生きていく、関わっていくことの難しさ、おもしろさ。

自分とちがうひとしかいないから、なにかを学んだり知ったり気づいたり、
視野が広がったり視点が変わったりしていく。


愚痴のようで、この話愚痴じゃないです笑

そこじゃないです(*´▽`*)



伝える、ってときに難しいなぁともかんじます。

くり返し言い続ければ「うるさい」って怒りでシャットアウトされます。

逆に言わなくなっても、なにか変化があるわけじゃない。

かと言ってがまんやごまかしをしていてもとても精神衛生上よろしくない笑


言い方や感情を変えても、相手がそこに固執していると、どんな言い方で
あってもシャットアウトされる。

そこじゃないんだよなぁって。


一番いいのは、相手がリラックスしているときとか、いいかんじになにかに
集中していていつもかんじているものに意識が向かなくなっているときに
話すことだなぁとかんじます。


たとえば、相手がゲームが大好きでゲームしているときでも「今なら大丈夫」
っていうときがあります。

話す余裕があってリラックスしていて、たのしんでいるとき。
機嫌よくゲームができているとき。


そういうときに「いつもの話」「解決できていない話」を軽く言うと、
なぜか機嫌がいいまま、さらっといい返事が返ってきたり、さらっと
解決できる内容が出てきたりします(*´▽`*)


これ、昔やったことあるので、びっくりでしたね。

ただ、相手は覚えていないことが多いです。


集中しているけれど話せる程度で、ゲーム展開がよくて機嫌がいいとき、
リラックスしてたのしんでいるとき。


「気分」の雰囲気ですね。

相手の我を通す守りや攻撃になる部分がゆるんでいて、それでいて自然体の
無意識と会話できてるかんじ。

こういう会話最高ですね(*^-^*)

なにかを変に意識したりしていない、がんじがらめになっていない、素直な
やりとり。


こういうやりとり、つながり、コミュニケーションが増えるとすごく
楽であたたかい、スムーズで建設的な健康的なつながりになると
かんじます(*^-^*)


「抑圧」から学ぶもの、発見、かんじることってほんとうにおもしろいし、
私はそういう人間のかんじるものや心理、思考に興味があって、たまらないです。


では、また(^-^)


























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