ライフスタイルの変化

記事
コラム
おこんにちは~(*^-^*)


天皇誕生日。

母の日や父の日だと贈り物をしたり、感謝を伝えたり、親のことを思ったり
することが多いけど、天皇誕生日ってただの休日になっているなぁ、と
思いました笑

天皇や日本のことを思う日もふつうになったらおもしろいのになぁって(*^-^*)

あとは、自分の誕生日も休日になったらいいのになぁって思いました(^-^)





最近、また新しいことをやってみています(^-^)

湯シャンです。


かなり前から知っていました。
数年前から知っていました。


芸能人でも、身体もお湯でしか洗わないひととか、石鹸やシャンプーが
地球環境を汚すとか、そういう話は見聞きしていました。


でも、ぜんぜんしたいとは思いませんでした笑

地球環境が良くなっても自分の入浴タイムが心地よくないだろうと笑
お風呂上りや日常が心地よくなくて、がまん感があるだろうなぁって。

私はいやだ、と思っていました笑


それが、なぜかやってみよう、と思えたのがこの数日です(*´▽`*)

私が好きなヒーラーさんも湯シャンをしているひとですが、それでも
私はやってみたいとは思っていなかったです笑


シャンプー代がかからなくなるとか、髪にハリやコシが出るとか、環境に
やさしいとか、思っているような臭いはないとか、そういう「いい理由」
って私にはただの後付けなので、いい理由からはぜんぜん入れないです。


最近、食べ物の好みが変わったり、必要なものを必要だとかんじるとき
にいただくこと、「生きている感」のかんじる感動のある食事がメインに
なってきたことで、自然とシャンプーも「必要なときに必要なだけ」って
いう路線になってきたんだとかんじます(*^-^*)


いくら「いいよ」と勧められても、自分の中からかんじるものがないと、
自分が興味を持てるなにかがないと、できない。
やってみても続かない。

私はそういうタイプです( ^ω^ )


で、実際に湯シャンをはじめてみて思ったこと。


ぜんぜん悪くない。

まだ、コツとかこまかいことは掴めていないので、こんなかんじかな?
とか、自分が満足する程度にシャワーのお湯で頭皮と髪を洗っています。


髪はほんとうにお湯で流すだけ。
埃や汚れを流水で流すだけ。

頭皮は、油分が出るところでもあるので、シャンプーのときのように
指の腹で多少こすっています。

痒くなったり、髪が脂っぽくなって不快にかんじるときにシャンプー
しよう、程度からスタートしているので、ガチでやっていません笑


感覚としては週1はシャンプーするかんじが定着するようになるかなぁ、
とかんじています。

これが、肉体労働や激しい運動をしていたりすると、また汗や油分の量が
変わってくるし、夏なんかもまた変わるかも、とかんじます。


身体を石鹸で洗うことについてもおなじように考えはじめています。

ただ、私はアレルギー体質で、肌のトラブルや皮膚科にかかっていること
もあって、極端なケアの変化は避けていた方がいいかなぁとも思います。


そして、身体の中でも脂っぽいところっていうのがあるし、たとえば
耳の裏側とか、背中の真ん中あたりとか、顔でいうと額や鼻、あごあたり
とか、あとは密着していて汗をかきやすいところ。

たとえばわきの下、足の指と指の間とか、デリケートゾーンなんかも
ていねいに扱いたいとかんじます。

そういう部分的な気になるところは石鹸で、あとはお湯だけでも
いいのかも、と思い始めています(*^-^*)


完璧にしようとする意識ではなくって、自分が気持ちよく無理なく
できる範囲からやってみる、っていうのがなんでもはじめのコツ
かなぁ、ってかんじます(*^-^*)

それをしていることをたのしめる感覚がないと、なんでもキツく
なっちゃうなぁって。


食事、入浴が変わるって、もうライフスタイルが変わったってことだなぁ、
ってかんじています。


今まで長い間、ふつうにやってきたことが変わる。
もう、今までのことが心地いいとはかんじなくなって、これでも良くない?
って思えるなにかが自分の中に生まれている。


「必要なこと」の中身、自分が求めるものが変わって、それがちゃんと
わかっていて、それにそった選択をする。

しかも、私の日常では私にうるさく言うひとがいない笑

これがたとえば親や兄弟と同居していたりすると、けっこううるさく
言われたりするんじゃないかなぁって思います笑


私の親もうるさいタイプです笑


産みの親とは幼稚園に入る前までしか一緒に暮らしたことがないので、
たまに連絡したりたまに会ったりする程度でしかないけれど、育てて
やれなかった感から来る罪悪感とか後悔とか、親であることの役割を
今しなきゃみたいな焦燥感とか、そういうものから心配されたり
言われたりすることがあります。

でも、お互い長い間離れているので、お互いのことを知らないです笑

知らない間柄でいろいろ言われてもなかなか響かないし、入ってこない。


そして、育ての親。

叔母になります。

だれも私を叔母に預けたり育ててほしいとは言っておらず、私も産みの親
と離れたいとは言っておらず、叔母が自分の正義感から勝手に私を育てると
決めました笑

結果苦しくなって私を虐待して育てることになったんですが、いろんなこと
を思い通りにしないと気が済まないひとでした。

でも、思い通りになることなんて少ないし、ひとは変えられないわけです。


だから力ずくだし暴言だし、相手の気持ちや考えは全否定だし、自分が一番
正しくてほかはまちがっている、っていうのがもろ出し。

意見ではなくって、支配にしてしまうタイプなので、すごくうるさいです笑

相手の話や意見には耳を傾けないのに、自分の話を聞いてもらえないとすごく
怒るみたいな(;´∀`)

めんどくさい笑
つかれる笑


そういうひとが日常にはいない生活を送っているので、ほんとうに自由です。

自分が思っていることもどこでも言えるし、自分がしたいことをして、自分が
かんじたいことをかんじて、自分が決めて選んで。
それにとやかく言うひとがいない。

割と多いのが、親の経験や親の価値観でこどもにものを言うっていうのが、
「こうだからこうしなさい」とか「こういうものだからこうなる」とか
そこが「心配」になって心配してくる、っていうのをかんじます。


ほかの人間関係でもあるんだけど、それは割と線引きができるから、そこから
先にはうるさくしたり強制したりはなかったりします。

「あのひとはこういうひとだから~」で終わってるかんじ。


でも、親ってなると、そこの線引きができない、したくないっていうのかなぁ。

もう、見てきているもの、やってきていることがちがうので、親のいうように
なったりしないんですよ(*^-^*)


ここがなかなか伝わらないですね。

だって、何十年も世代がちがう。

見るもの聞くもの、教育、社会、価値観、流行り、欲しいもの、たいせつ
なもの。
そういうのがちがう。


そして、心配されているようなことが起きても、それは自分で経験して
責任を持って次につないでいくことができるチャンスなわけで、そういう
経験を奪ってもらいたくないんです、私笑


そもそも考え方からちがうので、親が「怖い」と思うものを私はぜんぜん
怖いとは思わないし、親がたいせつに思うものを私はたいせつだとは
思わないし、そこがちがうのにそこがおなじ前提で話をされてもまったく
かみ合わないってことが起きちゃいます笑

「みんなちがうんだよ~」って。

おなじであることの安心感とか共感とか、私にはないので、「あなたは
そうなのね~、私はこうなのよ~」で終わり的笑


ジャッジもないし、自分とちがうのはおかしいとか、それはやめなさいとか
こうしなさいとか、常識的にはどうこうとか、社会人ならこういうこと
をしていないとだめだとか、おとなならこうあるべきとか、そういう
だれか目線の得体の知れないことは、私はどうでもいいんです(*^-^*)


感謝はしているし、スピリチュアル的な関係性も自覚があって、かなり
特別な間柄です。

叔母と産みの親と私の関係って。


ほとんどの親子や結婚相手って、魂的にはかなり特別な関係性だと思います。

とても長い間、一緒にいろんな役割や立場を交互にやりあって、「経験」
をしあって与えあっています。

これ、泥沼の関係になればなるほど、傷が深ければ深いほど、魂の信頼関係
がないとできないことです。


私は個人的にそれを視た瞬間がありました。

叔母は、私と何千年と一緒にいる魂で、いつもいろんな立場や役割を
やって教えあって与えあっていました。

ものすごくものすごく深い信頼と愛がある関係性で、いつも一緒に「経験」
の中身やパターン、テーマを変えてはやり、次はこれしよう、ってやり、
の間柄で、産みの親もそうで、この3人ってけっこうなキーワードなんだなぁってかんじました(*^-^*)


おもしろいですよ(*´ω`*)



ああ、そうそう。

私、お誕生日を迎えて、やっぱりここでもまた、かんじ方が変わっていることに気づきました(*´ω`*)


今までは、自分のお誕生日は感謝の日で、まず親に感謝。

そして親を思い、自分の存在を思い、うれしくなる日だったんです。

でも、今回は変わりました。


親に感謝や自分の存在に感謝っていうのはあるんだけれど、そこに意識が
向かなくて、なにに意識が向いたかっていうと、お誕生日を迎えられた
こと、この日になにか社会的なことで貢献しよう!っていうことでした。


日頃からしているんだけれど、お誕生日にはもっと意識してみよう、って。


たとえば献血ね。

あれ、CMでは気軽で簡単なイメージになってるけど、実際に行くとけっこう
条件がたくさんあります。


血液だから、考えてみると当たり前なんだけど、やっぱり行ってみないと
わからない。

私ははじめて行ったとき、ひっかかるものがたくさんあってできませんでした。

お薬を飲んでいる。
ピアスホールが痒くて汁が出ていた。
虫刺されや切り傷があった。

アウトでした(;´∀`)

現在も、私、お薬飲んでます。

そして、あかぎれや包丁で切り傷をつくったり、わんこの爪でひっかき傷
があったり、顔剃りやわきの下のお手入れで切ってしまったり、いつも
なにかしら傷があります。

だから献血に行けるひとって、すごいなぁって思います。


献血は行けないから、募金しました(*^-^*)

年齢がいくつになったのかはどうでもよくって、その日をよろこぶ
気持ち、それでなにができるのか、したいのか、かんじるのがいいなぁ
って思います(*^-^*)


では、また(*´ω`*)























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