日が暮れたこの日に思う事

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コラム
おこんにちは~(^-^)


最近、Adoのうっせぇわにはまっています♪

こういうジャンル、よく知らないんだけど、いろいろ観ている
間にこの曲にたどりつきました。



単純に、「かっけ~!」と「17歳でこの表現力すげ~!」です(≧▽≦)


そしてかんじるのは、親や学校の教育をそれなりに受け入れて
ならってきたけれど、社会のしくみの中で生きているけれど、
なにかちがう感やまだ身についていない自信や自己肯定感。
受け入れてもらえていないとかんじる感覚。
古い価値観をおかしいと思う感覚や、どこからくるかわからない怒り、
若い世代がかんじるものをとてもよく表現しているということです。


いつの時代も、若い世代は「新人類」と言われて、これまでの
古い価値観や狭い世界観を打ち破っていく力や視点、感性、表現力
があります。

私も、10代から20代のころは「新人類」と呼ばれていました。


この世界、社会はなんだかおかしいと思っていました。
怒りの方が強くって、その気持ちや感情が生まれてくる理由、
そのエネルギーのつかい方や扱い方がわからなくて、大変な時期
を過ごしました。


あんまりにも激しく破壊的な強さのエネルギーだったので、まずは
自分が病みました笑

私ほど激しい感情や思考を持っていたひとがまわりにいなかったので、
悩んだり自分がおかしいんじゃないかと思っていました。


たくさん、自分を傷つけてたいせつなひとを傷つけて、依存して、
教えられてきたことがわからないから自分で体験を繰り返す時間だった
ように思います。


それでいいんです(^-^)


「教え」って必要ないと私は思っています。

言葉や概念は、役に立たないことも多いです。

頭でわかることと、実際に自分が体験経験してわかることは
別物だからです。


体験経験は、そのひと独自の視点や目線、感覚で体験する世界。

自分を知る、肯定していく、つくりあげていく時間。

それがとても素晴らしい✨


その最中にいるときは、なにをつくりあげているのか、なにを体験して
いるのかはわからなくって、後になってからわかる時期というのも
あります。


よく思うのが、必ず1度は親元から離れて生きる時期を持った方が
いいということです。


一人暮らし。

だれかと一緒に住むのもいいけれど、まず一人暮らしの年月を
持つことは、今まで育ててもらった親の価値観や概念から
離れるということです。

これがとても重要だとかんじます。

ほんとうの自分探し、ほんとうの自信、自己肯定感、自分の中にある
自分の価値観、そういうものを育てて気づいていくきっかけに
なると思うのです。


そういう時期がないと、親との生活や関係性でうとましく思う気持ちや
不満、反抗的で攻撃的な態度、うまくいかないひとを避ける選択肢が定着
することにつながって、内側での依存や受け入れて愛してほしいとかんじている不足感がその先のだれかとの関係性の中でくり返すことになるように
思います。



親との関係性、自分が持ってつくりあげてしまった価値観や思い込み、
それが自分を生きにくくしている種だったんだ、っていう感覚✨

だれでも、一番そばにいるひとからは影響を受けます。
育ててもらえば、その概念や価値観は入ってきます。

でも、べつにおなじ人間になる必要もないし、ぶつかる必要もないし、
嫌な気持ちになる必要もないわけです。


相手は変えられないのなら相手を責めたり怒りをつかったりするより、
自分の視点やあり方を自分好みにしてしまえばいい。

親や社会から教えられてすりこんできた価値観のように、今度は
自分が自分に理想の世界観や価値観を新しく教育すればいい。


そういう自由な世界を自分に与えてあげることに、長い時間を
つかってもいいんじゃないかなぁと思っています(^-^)




話は変わって🥤

この間、コンビニでホームレスと思われる男性を見ました。


イートインスペースで、携帯電話でなにか動画を観ている最中だった
ようで、画面が開かれたままでした。

男性はそのくつろいでいる間に席をたって、好きなものを買って
席に戻ろうとしていました。


男性のいるイートインのテーブルにはコーヒーのようなものもあって、
すれ違ったときに「すいません」「はい、ごめんなさい」っていう
短い会話を交わしただけだったんだけれど、とてもいい雰囲気を
かんじました。


身なりや持ち物はホームレス。
でも、しあわせや安心感、よろこびがあったんです✨

私は困っているひとにはなにかをしてあげたり、お金を寄付したりします。

でも、このとき、私はなにもしませんでした。


この男性から、困っているものや重たいもの、不安や心配、悩み、そういう
ものがかんじられなかったからです。

今、このしあわせな安心できる空間と時間を満喫している雰囲気、たのしんでいる雰囲気、なにも足りないものがないとかんじている雰囲気をかんじたからです。


もしこの男性が、重たい不安や心配や恐怖にいるのがわかったら、私は
声をかけたりしただろうと思います。

ホームレスでなくても、街中にいる知らないひとがなにかそういう
雰囲気のとき、私は気にかけて見ています。

たいがいは、声をかけようかな、と近づこうとしたとき、解決します。


知らないひとが、今このときを味わってたのしんでいるのがわかる瞬間
って、なかなかないなぁってかんじました(^-^)


よろこびで生きるってやっぱりすてきだなぁって思います。


そして同時に、冬場のホームレスのひとたちってどうしているんだろう、
って思います。

夏場だと、公園のベンチに寝ていたり、大きな駅の下にいたりします。

私のいるところは都会ではないので、年中ホームレスを見ることはありません。

いるのは知っているけれど、どこで過ごしているのかがわかりません。


住む家があっても貧しいひとは、自転車に空のプラ容器やペットボトルを
乗せてきて、公園の水道で水を入れて自転車にしばって持ち帰るのを
見たことがあります。

それも、冬の公園は凍結防止で水道の蛇口がつかえなくなるので、どうして
いるのかなぁと思います。


こども食堂のように、規模が小さいけれどあちこちにシェルターがあったら、
助かるひとや利用できるひとがいるんじゃないかとも思いました💡彡

規模が小さければ運営も負担が少ないし、たとえばひとつの町内にひとつずつあれば、みんなで運営費を出し合えるし、ホームレスだけじゃなく貧しいひとにも利用してもらえたり。

貧しいひとは移動する手段や方法がわりと少ないと思うので、離れた場所に
大きな施設があってもそこまで行くのには大変だろうと思います。


駅前に設置するのもいいなぁって思いました(^-^)
駅前って飲食店が多いです。

廃棄された食べ物をあさって食べるんじゃなくって、衛生的で人間的な
食事のしかたに変えるだけでも、生きる希望や生きている実感につながって、
そういうひとたちのモチベーションや社会とかかわっている気力やしあわせに
つながりそうだなぁと思いました。


日本は、貧しいひとは自己責任だという冷たい感覚が強いそうです。

そういうところが厳しいのは独特だなぁとかんじます。

そういうところが、他人の失敗やまちがいを許さない、責任を要求したり
チャンスを与えない感覚につながっているようにかんじます。


失敗やまちがいをしたら、だれだって許してもらいたいしチャンスが
欲しいと思うのです。

責められるより、自分の考えややってきたことを聞いて受け入れて
もらいたいと思うと思うのです。

そこからはじめて自主的に、これからどうしたいとかどういう改善策
をしたいとか、前向きな生産性が生まれてくるように思うのです。



個人の財産って、お金って、生活って、ひとりで生み出せるものでは
なくって、だれかがいるから生み出せてまわせるものまわってくるもの
だから、その範囲や規模が小さいひとには少し大きくしてあげることも
お互いのなにかのきっかけになるだろうとかんじます。


いろんなめぐりがあって、いろんな風景がある毎日。
日常。

それぞれの毎日。
時間。
瞬間。

たいせつに☆彡

では、また(^-^)







































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