くるみ弾②

記事
コラム
藤吉が土砂降りの雨の中、民宿玄関の戸を叩くと同時に中から戸が開かれた。
前もって藤吉が戸を叩く事を知っていたかのように。
開かれた玄関の中には一人の女が立って居た。
まぁまぁこんなに、お濡れになって急な雨でびっくりなさったでしょうねと言って玄関に入るように促した。
ここの女主人であろうか歳は30歳前後で藤吉とあまり歳は変わらないように見えた。
割烹着を着て落ち着いた雰囲気の女だったが目の周りがパンダのように黒ずんでいた。
女主人の割烹着の後ろ部分が膨れているのが気になったが、それ以上考えなかった。
藤吉は濡れた儘、玄関の三和土に立って居たが、女主人がお上がりになって下さいと言ったので藤吉は中に促される儘に草鞋を脱いで上がった。
天井や壁などは古色蒼然として、囲炉裏の煙で室内は煤けていた。
囲炉裏の有る場所はお客が集う場所のようだ。
部屋に行くには暗い廊下が見えたが多分向こうの方に客室があるのだろうと藤吉は思って室内を眺めていた。

ここは民宿ですかと藤吉は訊いた。
そうですよ、今日は他にお客様は誰もいらっしゃいませんが。
と女は言った。
こんな所にこのような民宿が有るとは全く知りませんでしたと藤吉は言った。
女は謎のような笑いを少し浮かべてから、貴方の服がびっしょりと濡れているじゃありませんか、お風呂が丁度沸いておりますので、お入りになったら、ようござんすよと言って風呂を奨めるので、藤吉はそれもそうだなと思って風呂に入る事にした。
その時に又、ポンポンポンポンと言う太鼓を叩くような音が聞こえた。
藤吉は湯船に浸かったが凄い違和感があった。
お湯の中に何か入っているような感覚を覚えたがお湯が濁っていたので良く見えなかった。
風呂から上がったら女は料理を台の上に並べていた。
夕食までは少し時間が有りますが、お酒を飲んで料理を食べて下さいと言った。
藤吉は云われるままに風呂に入り料理を口にし、お酒まで飲んでいたがどうも酒も料理も拙いし苦くて、とても美味しいとは言えない。
それにさっきから臭い、においが強烈に鼻を突く。
何か変だと藤吉が思い始めた。
その時、女の口からシューッと言う音が聞こえたかと思うと、次の瞬間、女の姿がタヌキになった。
同時に囲炉裏は消え民宿と見えていた建物も消えた。
気が付くと藤吉が座っていたのは、さっき昼寝をした所だった。
完全に我に返った藤吉は自分の身体が酷く臭い事に気が付いた。
タヌキは大きな声で勝ち誇ったように笑い出した。
あッ!
タヌキの野郎!、よくも俺を化かしやがったな。
だから玄関の戸を叩くと同時に戸が開き、割烹着の後ろが膨れていたのは尻尾だったのだな、それに目の周りがヤケに黒いと思っていたらタヌキだからだったのか。

ざまーみろだ。
タヌキは言った。
私は、お前に先日鉄砲で殺された小ダヌキの母親だ。
お前が入った風呂と言うのは、畑に撒く肥えだよと言った。
横を見ると肥え溜めの穴が有り、その中には肥料にする人糞が溜まっていたが、人が入ったような形跡が残っていた。
人と言うのは藤吉の事だ。
藤吉はタヌキから風呂だとタマされて人糞の肥え溜めに浸かっていたのだ。
全身が肥えにまみれて藤吉の全体から糞が流れ落ちている。
母親タヌキは、ポンポンポンと腹を叩いて人間に術を掛けるのさと言った。
藤吉が昼寝から覚めた時にその音が聞こえていた。
その時にタヌキの強烈な妖術に藤吉は、かかってしまったのだ。

一度目のポンポンポンはウソの道を見せて移動したように騙す為、二度目のポンポンポンは人糞の風呂に入れる為だと言った。
その音を聞いた時から、藤吉はまんまとタヌキの妖術にかかっていた。
術を解く時はシューッという音で妖術を解くのだと言いやがった。
妖術が解けると化かされていたと藤吉は分かった。
アハハハ
お前が飲んだ酒はタヌキの小便だよ。
お前が食べた天麩羅は鹿の糞だよ、お前が入った風呂は人糞の肥え溜めだよと笑いながら言った。
あの時、風呂のお湯の中に何かが入っていたがお湯が黄色く濁っていたのでみえなかったものは糞の塊だったのだ。
何時の間にかタヌキ達が沢山出て来た。
いのしし、鹿、トンビ、カラス、すずめ、ウサギ、狐、モグラなど藤吉がこれまでに狩猟で仕留めた数多くの動物たちが藤吉の眼の前に姿を現した。
それぞれ自分たちの家族や子供、大事な家族などを藤吉に殺されたと怒りと怨みと殺意をぶつけて来た。
動物達の多さと勢いに恐怖を感じた藤吉は人糞が掛かった儘の悪臭芬々たる臭い身体を転がすようにして山を下って里に逃げ帰って来た。
山道から村に下って来た時に畑で野良仕事をしている猟師仲間の権蔵が藤吉を見てびっくりした。
どうしたんだ、それにこの臭さは何だと言った。
タヌキの野郎に化かされたと藤吉は云った。
それにしても随分と酷い事をされたものだと鼻をつまみながら権蔵は言った
藤吉はその儘、川に浸かって全身の汚れ糞まみれを流しならがタヌキに復習の炎を燃やしていた。
それから家に戻ったが嫁から中に入る事を許されなかった。
川に浸かって汚れを落としたとは言え悪臭が、なおも漂ってとても室内に入られるものでは無かった。
外に飯を嫁が運んで食べるのが一週間くらい続いた。
権蔵たち猟師の仲間達が藤吉の家に集まって来た。
酷い目に遭ったなぁ藤吉よと、権蔵たちが言った。
タヌキ達の野郎は俺に猟の怨みを持って居やがたと言った。
そんな理由で人間を騙すならば俺達だっていつ藤吉と同じような目に遭わされるか危ない物だと権蔵達は言った。
この山の寒村では猟が食料の大半を占める。
あとは、それぞれの家で野菜などを作って自給自足の生活をしている。
この村の男たち20人位はみんな猟師だ。
だから猟が不自由となると死活問題だと猟師たちは言った。
何とかしないとなるべーなと権蔵達は言った。
そうだ、みんなでタヌキ達を、やっつけに行こう獲れたら仕返しと獲物で一石二鳥だと猟師の留吉が言った。
その言葉に皆が挑発されて気勢が上がった。
良し、明日の早朝に山に皆で出発だとリーダー格の権蔵が声を張り上げた。








サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す