あんな時期にすら街へ出てくる人が、最高のお客様
コロナ禍の真っ只中、誰もが外出を自粛していた頃の話です。ある営業会社の担当者と話す機会がありました。「こんなに人が出歩かないと、営業も大変でしたよね」と水を向けてみたときに返ってきた言葉は、衝撃的でした。
「いえ、そんなことないんですよ。むしろ、あんな時期にすら我慢できずに街へ出てきてしまうような、自制心の効かない人こそが、僕たちにとっての最高のお客様になるんですから」
聞いた瞬間、ゾッとしました。「自制心が効かない人」——それは私たちADHDの特性を、ほぼそのまま言い当てた言葉でした。あの言葉は思いつきや皮肉ではありません。営業の現場における、きわめて実務的な認識なのです。
マニュアル化されたADHDの思考回路と行動様式
営業や販売のマニュアルには、心理学ベースの購買誘導技術が体系的に整理されています。代表的なものをいくつか挙げましょう。
1.熟考させる時間を与えず、感情が高ぶっているうちに購入させる。
2.「断り続けるストレス」で消耗させ「契約する」という出口で解放する。
3.「今だけ・残り少し・期間限定」という言葉で、即決させる。
これらの手法が、私たちADHDの脳の特性にどれだけ都合が良いか、当事者の人たちならお分かりでしょう。
刺激に過敏に反応するドーパミン系。目先の快や解放感を優先してしまう衝動性。疲れるとワーキングメモリが飽和して「どうでもいい」になってしまう認知的疲弊。
営業マニュアルは、こうした特性がもたらす行動パターンを、消費促進に活かす仕組みとして利用しているのです。それは悪意というよりも、営業マンの「テクニック」という洗練されたスキルとして定着しています。
企業にとっての「メリット」に変換されているADHDの弱点
ADHDの傾向の一つである「不注意(注意欠陥)」。情報の優先順位をつけられないその特性は、契約書の細かな「特約」を読み飛ばさせます。また、その場の空気や感情的な緊張に耐えられない衝動性は、「もういいや、買う」という判断に直結します。
私たちが日常生活で感じている「生きづらさ」が、この消費社会のシステムの中では「効率的に収益を引き出せるターゲット」として機能しているのです。
「当事者の過剰な消費行動はADHDの特性が原因だ」と自己責任にされがちでしたが、それは決して本人だけの責任ではありません。ADHDの弱点をついて売上を確保しようという、企業の戦略によるところが大きいのです。
だからといって、企業や消費社会の在り方が手加減をしてくれるわけではありません。自分たちの衝動性は、自分たちで守るしかありません。
私たちにできること
こうした企業や消費社会に対抗するには、自分の脳の仕組みを知った上で向き合うしかありません。決して簡単とはいえませんが、最も現実的な対抗策です。できることから始めていきましょう。小さな習慣の積み重ねが大切です。
営業マンのトークによって、想像力豊かな私たちは、商品やサービスを手にしたときの楽しみや利便性に心が躍ってしまいます。そうして感情が高ぶっているときの大きな決断は、その場で行うのではなく、一晩置きましょう。翌日、冷静になった自分に判断させてみると、「やっぱりいらなかった」と気づくことが多いはずです。
キャンペーン中だとか、品薄だというトークに迫られ、「今すぐ決めないといけない」という状況になったときは、まず警戒すべきです。本当に必要なものは、適切な時期に手に入るものです。
「断り続けて」疲弊した自制心で投げやりに契約するのは、最悪です。毅然と「考えます」と言って席を立ちましょう。その場で契約してしまったとしても、私たちにはクーリング・オフという法律で守られた権利があります。
また、「断るタイミングがつかめない」というときは、スマホを手にして「あ、母からLINEだ」などと言って、物理的にその場を離れるきっかけを作ればいいのです。
それは欲しいものなのか?必要なものか?自分の消費行動を考えてみる
そして冷静になってから、「なぜ今、買いたいと感じているのか」を一言で言えないときは保留しましょう。そして、「欲しいのか? それとも必要なのか?」を考えてみる。一時の気分の高揚にとらわれていただけだった、と気づくことも多いでしょう。
私たちの消費行動の問題は私たちの特性だけではありません。ただ、この消費社会の構造の中で搾取されやすい位置にいる、という事実です。それを知っているかどうかが、大きな差になります。
多くの企業がこぞって、消費者から売上を確保しようと躍起になっている。その最たるポイントが消費者の「衝動性」であり、私たちの消費行動がそのターゲットにされているというのが現実です。
あの営業マンの一言は、私にとって最も苦く、最も鋭い警告になりました。そうした状況を心に据え、自分の「消費行動」を守っていきましょう。